リーダー/遠藤博隆と・エベレスト街道のトレッキング

2016トレッキング
 4/4・7時40分・無事カラパタールのてっぺん到着・・・

   期   間  2016/3/24〜4/16
   ル ー ト  
   メンバ ー  L・遠藤(博)、阿部(秀)、高原(由)、駒沢(京)、遠藤(敏)
   記   録  遠藤(敏)

 

1日目 3月24日 成田 -INC 韓国 ソウル (仁川、インチョン)
 3月23日午後11時30分山交ビル集合、夜行バスにて東京に向う。24日朝5時30分東京
駅八重洲口着、JRにて成田へ。9時成田着、遅い朝食、バーガーで済ます、事前に送っ
ておいた荷物を受け取る。当初6名のメンバーであったが、直前に体調不良にて1名不参
加5名のメンバー。
 成田空港12時に庄内参加メンバーと合流、全員そろい出国手続きを済ませゆっくりした
ところで一緒に昼食、ラーメンとビールを片手に今回の成功を誓った。
 午後4時55分成田からインチョンへ出発。午後8時インチョン着、乗り継ぎ手続きを済ま
せ空港内の通路にシュラフをセットしで就寝、就寝前にビールを飲む。

2日目 3月25日 韓国 インチョン -カトマンズ (1300m)
 7時起床、8時空港内レストランで韓国朝食、インチョン空港9時55分インチョンからカト
マンズに向け出発。飛行機内では2回の食事。カトマンズ空港に現地時間で2時25分、3
時間半の時差があるため7時間30分のフライト。カトマンズ空港で入国手続き、すべてが
手作業審査、時間を要した。
 港出口でサティスさんとディリさん、山形県遊佐町出身でカトマンズ在住の園子さんが花
の首飾りで迎えてくれた。うれしかった。今回は、サティスさんの会社、ニレカ・アドベンチ
ャーがお世話してくれる。
 ニレカ手配のマイクロバスで、ホテルチベットに向かう。ホテルレストランでウエルカムド
リンクをいただき、サティスさんより今回のトレッキングについて説明を受ける。カトマンズ
初日の夕食は、市内の毎回、行きつけのレストランだ。それぞれ違ったメニューをオーダ
ー、ビールは地元エベレストビールと洒落込む。様々な料理を楽しんだ。明日早い出発な
ので早めに切り上げ就寝。

3日目 3月26日 カトマンズ(1300m)ールクラ (2850m)
           ・・・パグディン(2600m)

 

 朝4時起床、トレッキングの荷物を大型バッグに詰め替え、不要なものはホテルに預け、
20kgはある。朝6時に空港にてホテルで準備してくれた弁当を食べた。空港周辺は霧が
立ち込め出発が中々決まらない。空港10時頃やっと視界が確保できるようになった。
 空港バスで飛行機に移動。飛行機は小型の古い双発機、18人乗りの両側1列中央通路
の単純飛行機。飛ぶのか心配したが、パイロットスイッチオン、プロペラが回転し、力強く
離陸。飛行機は、高い山の中腹を縫う様に飛行、気流の変化でガタガタ揺れた。まさに飛
行機が生き物に感じた。
 1時間飛行でルクラ飛行場、世界で一番危ない飛行場だけあって滑走路が10%程度の登
り坂、この坂を利用し飛行機が減速停車、胸をなでおろす。やっとエベレストトレッキング
の起点に立つ。
 目の前には雪をたたえた高い山。これがネパールと実感。ロッジレストランで昼食、パン
とポテト、日本人が好みそうな料理。料理は今回スタッフが造ってくれる。スタッフが我々よ
り早く荷物を頭と腰で担ぎ上げ移動、ロッジレストランの厨房を借りて日本人に合う料理を
調理。22日間、体調不良無しで過ごせたのはスタッフのおかげと感謝している。
 ロッジから自分の身の回りだけザックに背負い歩く。歩いてまもなくルクラに日本人女性
が経営する土産物屋があった。こんなところに日本人、びっくりだ。見るものすべて新鮮
に感じる。モクレンの白い花、サクラソウなど春の花が迎えてくれた。
 途中のロッジで、甘い紅茶を戴き元気をもらい。長い橋を渡れば最初の宿泊ロッジだ。
夕食時に、今回世話してくれるニレカアドベンチャー7名のスタッフが紹介された。名前と
顔が一致するまで相当の時間を要した。これから高所となるため、酒は今回が飲み納め
としてグラスに少々いただき就寝。

4日目 3月27日 パグディン(2600m)・・・ナムチェ(3450m)
 6時起床、7時20分朝食、朝食は日本米のおかゆと梅干、食が進む。8時にロッジを出
発。転々とした村々を一本の山道が繋がっている、目に入る景色を楽しむ。。ヨーロッパ
からのトレッカーが多い。しかし地震前の最盛期と比較すると60%ぐらいという。地震の影
響が観光にも影響していることを実感。
 歩いていると背中に荷物を背負ったロバ・馬・ゾッキョに会う。トレッカーは家畜が通り過
ぎるまで待つ。道すがらのロッジで甘いレモンティーを戴く。疲れが一変に吹き飛ぶ。街道
は子供の遊び、洗濯、石加工などすべて手仕事、機械を使わない。究極のエコ生活だ。
 街道を歩くには所々にチェックポイントがあり、事前に申請してある写真付き証明書にサ
インをもらう。ビジターセンターに、各年・月当たりのトレッカー人数が表記されていた。月
当たり4000人程度の人が、昨年3月地震後の6月には16人までに減少していた。観光
には大きな痛手だ。
 「エベレスト神々の山嶺」で撮影された長い橋を渡り、本格的な登山道に入った。今日の
宿泊地ナムチェに到着するころ、天候は下り坂、ガスって山が見えない。急な石階段を登
りあげれば宿泊するロッジ「シェルパの家」だ。右手に小さな学校が見えた。工事の音だけが響く。震災の補修工事だろうか。夕方4時30分ロッジ到着。
 ロッジにつくと洗面器にお湯が配給される。このお湯で洗面、身体拭き、洗濯をして有効
に使う。オーナーの父ちゃんと母ちゃんが素晴らしい。このロッジでは、ヨーロッパや西ア
ジアのお客さんでいっぱいだ。

5日目 3月28日 ナムチェ(3450m)・・・Everesr View Hotel
           高所順応 (3820m )

 6時30分起床、7時20分朝食、今日は高所順応日、部屋の荷物はそのままにして、8
時30分、エベレストビューホテル3880mを目指しハイキング。このホテル2年先まで予約
でいっぱいだそうだ。世界的に人気のホテルだ。
 視界が大きく開ける登山道、ゆっくりと歩く。頭を冷やさないよう毛糸帽子と雨具を着込
んで登る。10時10分ホテル到着。見えるはずのエベレストが曇って見えない。ロビーで
コーヒーを堪能。とても贅沢な瞬間。
 ホテルを11時10分下山開始、眼下にナムチェの街並みが見える。人々の生きずかい
が感じ取れる。12時30分ロッジ到着。このロッジは、資料館と写真館が併設されており、
有料であるが、今回父ちゃんが無料で見せてくれた。写真館では横長のエベレスト写真を
購入。夕方スタッフのディリーさんが、バザールに行って美味しいケーキを買ってきてくれ
た。美味しかった。

6日目 3月29日 ナムチェ(3450m) … ディボチェ(3710m)
 6時起床、窓の外を見上げると、美しく大きな山稜が見える、晴天だ、昨日の雪でほこり
が消えてすがすがしい。7時10分朝食、8時ディボチェに向け出発。歩き出すと下のほう
からヘリの音、レクラ、カトマンズの天候が良い証だ。
 たくさんのゾッキョと会いながら黙々と歩む。目の前には偉大な山並みが見える。ビスタ
ーレ、ビスターレといいながら歩く。9時頃に山岳道をボランティアで整備しているしわだら
けの真っ黒い青い帽子の老夫婦にあった。今は、自分の教え子が整備しているとのこと。
みんなでわずかな金額であるが寄付をした。こうして歩けるのも彼らのおかげ。 
 登山道は、長大斜面の中腹を縫う様に造られた道、見上げれば高い山、下はエベレス
トの氷河が解けた川が流れ、雄大だ。途中大きな寺院でお参り、みんなで無事を祈願、
高度も少しづつ上昇。
 ディボチェのロッジについたのは、4時30分。ロッジは、建物内にトイレのある施設を選
んでくれた。電源は、ソーラー、トイレの水は自分で大きなバケツから水を汲み上げ使う。
高度も上がり、寒さも厳しく全員動きが鈍くなっている。夕食後程なく就寝

7日目 3月30日 ディボチェ(3710m) … ディンボチェ(4410m)
 6時起床、7時20分朝食、8時ロッジ出発。毎回朝の動きはパターン化し、荷物まとめ
もだいぶ早くできるようになった。歩きは、村々を線で繋ぎながら徐々に高度を上げる。天
候曇り、山々の稜線を想像しながら歩く。
 今日の昼は、ポテトとマカロニ、野菜付、シンプルであるが、食が進む、ありがい。午後
3時ディンボチェのロッジ着、レストラン内にストーブがありヤクの糞を乾燥させたものを燃料
として燃やしてくれた。ほんのりと暖かく助かる、臭いはほとんどない。夕食はモモという餃
子、野菜炒めとご飯、美味しい。

8日目 3月31日 ディンボチェ(4410m) … 高所順応 (4610m)
 目を覚ますと、窓から青空の中に白く雪をたたえた山が目に入る。天候は晴れ、朝6時
30分起床、7時50分朝食。地元の四角い食パン、卵焼き、食欲が出ない中、食べやす
い。9時高所順応登山開始。
 昨日夜、うっすらと降雪があった。とにかく寒い。標高4500mまで登り眼下にロッジが見
える。力強い山稜が見える、圧倒される。この場所は、トレッキングする人が必ず高所順
応する場所で、いろんな国の人が登りあげてくる。午後1時半ロッジに戻り昼食。
 今日は、ゆったりと休養する日。各自洗濯、洗髪、庭で音楽を聞きながらダンス。3時頃
に近くのレストランにケーキを食べに行った。ブルーベリーケーキとコーヒー、とても智福の時間だ。夕食はスパゲッティーと野菜、美味しい。
 ロッジで充電を頼んだら800ルピー、相当高い。そのはずソーラー充電、標高が高くな
ると充電も高額になる。

9日目 4月 1日 ディンボチェ(4410m) … ロブチェ (4930m)
 6時起床、7時に外に出ると、ニレカアドベンチャースタッフは移動準備。大きな思い荷
物を頭で背負い上げている。7時20分朝食、おかゆが出る。疲れで食欲がなくなる時期
に大変ありがたい。
 8時ロッジ出発、定時の行動だ。天候曇り、しかし寒い。歩道には、昨日の雪がうっすら
とある。雪原の中に1本の登山道が黒、風景がエベレストらしくなる。11時、朝早く出発し
たスタッフが暖かい甘いレモンティーのポットとグラスで待っていてくれた。感謝しながらい
ただく。
 橋を渡りあげた場所のロッジで昼食、ラーメンだ。食後、登りあげの登山道、下からの
吹き上げ風で体力を相当消耗し、実に寒い。登りあげが平場になっている場所に、エベレ
スト登山で命を落とした遭難者の慰霊碑があった。その中に秋田山岳会所属の丸山芳雄
氏の慰霊碑があった。この碑にリーダーが線香とお菓子を供える。
 とても寒く、風が背中になるよう注意、頭や手体を冷やさないよう配慮する。午後3時ロッ
ジ到着。全員相当体力を消耗。ロッジレストランでも雨具を着用しての休憩。標高5000m
弱、寒いわけだ。夕食はチャパティー、野菜、ご飯、全員中々食が進まない。夕食後メン
バーの一人が食事を受け付けない。
 SPO2(血中酸素濃度)を測定すると30台の数値、その他のメンバーは60台、相当低い
ニレカアドベンチャーのサティスさんがレスキューの国家資格を有しており、水分補給、酸
素吸入など適切に対応。次の日の朝にはSPO2、50台まで回復。笑顔も戻り全員安心し
た。
 しかしリーダーの判断で、このロッジに追加滞在することになった。日程がずれ込んだ
ため、もう一つ予定していた山、「ゴウキョ」は登れない。リーダーから判断した経緯につい
て説明があり、全員納得した。

10日目 4月 2日 ロブチェ(4930m)
 6時30分起床、8時朝食。今日は氷河見学、近くの丘の上から眺める、ダイナミック
だ、天候に恵まれ快晴の中歩いた。遠く山稜をバックに手を上に伸ばし写真を撮った。実
に思い出深い1日となった。
 ロッジで、昼食大好きなポテトチップス、野菜炒め、オレンジ、食べられるようになる。体
もなれたのだろう。ここは、5000m弱、利用するものはなんでも使う。人間の知恵を実感。
昼食時に、カラパタール登頂記念の国旗に全員でサイン。みんなに笑顔が戻った。うれしかった。夕方前面の山が美しい、感謝である。

11日目 4月 3日 ロブチェ(4930m) ……ゴラクシェフ(5140m)
 6時起床、7時20分朝食、8時ロッジ出発。天候晴れすがすがしい朝だ。目の前の山が
だんだん大きくはっきりと確認できるまでになった。ガレ場の登山道を歩き高度をあげる。
全員体調も良くしっかりと歩く。
 下に土砂を被った氷河が見える。時々大きな音がする、氷河が崩れる音だ。11時にス
タッフがレモンティーをもって待っていてくれた。疲れた体に本当にありがたい。12時にソ
ーラーパネルをたくさん備えたロッジに着く。標高は5140m、身体も高所順応になれほとんど高度を感じなくなった。有り難いことだ。
 昼食は、ロッジでポテトチップ、野菜、パン、食が進む。午後から周囲散策・写真撮影、
やっとエベレストが小さく見えた。遠くにあるためて、前の山より低く見える。夕食は、カレ
ーだ。日本の味に感嘆。
 ロッジは沢山の外国人で混んでいた。よく見るとルクラの飛行場で一緒だったグループ
を見かけた、みんな相当の思いでここまで来たことがわかる。ロッジ壁に「エベレスト神々
の山稜」撮影時の全員の名前が書かれたボードがあった。

12日目 4月 4日 ゴラクシェフ(5140m)…カラパタール (5545m)
            …ゴラクシェフ…ロブチェ(4930m)

 4時起床、5時ロッジ出発。今日は、カラパタール登頂日、目標の日だ。ヘッドランプを灯
して歩く。山稜の上には素晴らしい星空と月、神秘的に見える。周囲もうっすらとなったこ
ろ登頂を目指すトレッカーが続々と登ってくる。
 緩やかな山肌を上に向かって進む。カラパタールとは「黒い岩」の意味だそうで、この山
だけが黒く見える。なだらかにカーブしており、なかなか山頂を見せてくれない。みんなで一
歩ずつ様々な思いで登る
 視界も大きく開け明るくなると、遠くに夢にまで見たエベレストがはっきりと見える。感激
で目が潤んだ。エベレストは本当に高い。神々しく見える。手前山の間からてっぺんを上
につきだしている。人々をなかなか受け付けないことを実感。
 7時40分無事カラパタールのてっぺん到着。リーダーも8時30分にサティスと一緒に到
着。全員で日本国旗とネパール国旗をもって写真に収まる。これまでの疲れがこの景色を拝み、吹き飛んだ。ネパールエベレストトレッキングに来て本当に良かった。
 9時下山開始、後ろ髪引かれる思いだ。10時30分ロッジ到着。ロッジレストランの戻っ
た全員の顔は何かやり遂げた充実感が漂っている。食事を済ませ、11時50分下山開始
する。昨日来た道を降りる。ヘリの音がする、天候が良いことだ。山では常に天候が気になる。2時30分ロブチェ (4930m)ロッジ到着。

13日目 4月 5日   ロブチェ (4930m)…ペリチェ(4270m)
 6時起床、7時30分朝食、8時10分ロッジ出発。天候晴れ、下山時は常に見える山が
違っており、余裕を持って眺められる。自分のペースで歩けるので疲れない。道すがら集
合写真に収まるが、全員の顔に余裕がある。何かを成し遂げた充実した姿だ。
 慰霊碑にかかれている文字から、沢山の人がなくなっていることがわかる。シェルパの
文字もあり、登山家だけでなく、サポート中のシェルパも亡くなっている。エベレストの厳し
さを実感させられる。12時30分ペリチェ(4270m)到着。だいぶ高度が下がってきた。夕
食は、ピザ、ニンジン野菜。シンプルですっきりして美味しい。

14日目 4月 6日  ペリチェ(4270m) …ポルツェ (3810m)
 6時20分起床、7時30分朝食、8時ロッジ出発。晴天である、山並みが新鮮に感じる。
高度を下げることで一抹の寂しさも漂うようになった。長大の斜面中腹を斜面に沿って縫
う様な登山道。エベレスト街道らしい景観、視界が大きく開け、幸せを実感できる瞬間。
 下からは、ゾッキョが大きな荷物を背負い沢山の数が上がってくる。のどかである。11
時30分ロッジ到着。ロッジ前に手回しの懐かしいミシンで洋服を仕立て直しているおじさ
んがいた。ここではいろんな職業で成り立っている。
 子供たちも集まってきた。リーダーが背負っているこいのぼりに興味があるようだ。子供
を見ていると楽しさ倍増だ。登山道は、どんどん高度を下げる。垂直の壁がそそり立つ岩稜の階段を下りると程なくポルツェ (3810m)ロッジ到着、時計は3時だ。
 今日は、とても楽しみな日である、これまで酒を飲まなかったが、このロッジで高度も下
がったことから酒解禁だ。うれしい限りだ。夕食は柔らかくしたラム肉、スパゲティー、ポテ
トチップ、またこれがビールにピッタリ。乾杯し飲み込むと喉をビールが流れ込むのがわ
かる。ニレカスタッフも加わり、飲んだ後のみんなの顔が恵比須顔。
 男衆は、地元幻の酒ロクシェをいただく。これが実に美味しい。ニレカアドベンチャー代
表サティスさんがエベレストに登るため、私たちと同行する最後の日となった。サティスさ
んが特別なワインをみんなに振る舞ってくれた。サティスさんの激励会と続く、みんなで成
功を祈った。
 いろんな話をした。山に対する厳格な思いやこれまでの厳しい取り組み。日本での出来
事など語ってくれた。夜遅くまで話し合った。メンバーの一人からサティスさんへ英文の激
励手紙、受け取ると目が潤んでいることが分かった。必ずエベレストの頂に立ってほしい。

15日目 4月 7日  ポルツェ(3810m) … クムジュン(3780m)
 6時起床、7時40分朝食、8時30分ロッジ出発。ロッジは、現在建設中で鉄骨骨組み
ができて壁となる間知石をノミとハンマーで叩きすべて人力である。工事管理者から図面
を見せてもらった。ヨーロッパから派遣された管理者で、髭をたたえ風格のある人であっ
た。図面は非常に詳しく書いてあり、日本の建築図面と同じ、仕様が多少簡単にしてある
ところはヨーロッパ仕様であろう。
 完成がいつになるかわからない。リーダーいわく、昨年見た状況とほとんど同じとのこと
で。ゆっくりと動いていることがわかる。
 サティスさんとお別れの日となった。なんとなく目頭が熱くなった。自分は決して無理をな
さらずとお願いした。成功を本当に心から祈った。サティスさんの首には、ニレカアドベンタースタッフ全員からのレイが光っていた。男の友情を感じた。
 高度をどんどん下げる。山肌を縫う様に歩く。樹木はほとんどない。考えてみれば富士
山よりまだ高いところを歩いている。ビックリである。クムジュンに近くなると周囲の花に目
がいくようになった。相当の余裕だ。2時ロッジ到着。
 早速ビールで乾杯、余裕である。心から楽しんでいる。今日はロッジの下にある店で特
別な酒をいただく。同じロッジであるが二階と一階では経営者が違う。一階に家庭の厨房
を居酒屋にしている場所だ。ここで幻の酒トンバをいただく。粟を自然発酵させた飲み物、
アルミニウムの器にアルミニウムのストロー、これにお湯を注いでいただく。アルミ器の中身を飲み干す。次にまたお湯を注ぐ、これを10回以上繰り返す、酒の濃度は薄まるが量がたくさん入る。
 どんどん酔いがますが、酒の濃度が薄まる。きわめて体に優しい酒である。饒舌も軽や
かに回りだし、完全のダウンである。いつの間にか就寝。

16日目 4月 8日 クムジュン(3780m) … ナムチェ(3450m)
 6時起床、7時40分朝食、8時30分ロッジ出発、定刻の動きだ。朝6時50分マンジャさ
んがミルクティーと洗面器にお湯を毎回持ってきてくれる。いつも明るい声で挨拶してくれ
る。毎回決まった時間に来てくれた。本当に感謝している。マンジャさんの明るい挨拶がなかったら別の展開になっていただろう。心からありがとうと言いたい。
 朝食はパンとスクランブエッグ、メニューが変化に富み、しかし日本人の好みを上手に出
してくれる。ロッジを出て下山すると懐かしい光景が眼下に広がる。ナムチェである。日本
庭園を縮小したような箱庭を歩く、とにかく美しい。いつまで眺めていてもあきの来ない光
景である。
 エベレストビューホテル脇を歩き、下りるとナムチェだ。大きなマニ車を過ぎてロッジシェ
ルパの家到着。時間11時30分昼食をロッジで済ませ、バザール見学。バザールは毎週
金曜日と土曜日に市場が開く。今日は金曜日、丁度市が立つ日である。
 バザールは、とても賑やか、そしてなんでも売っている。肉野菜のほか主食食料品、生活
必需品、嗜好品、土産物までありとあらゆるものがある。見るだけで人の心をワクワクして
くれてとても楽しい。

17日目 4月 9日 ナムチェ(3450m)(ナムチェバザール)
 6時30分起床、8時朝食、9時30分、今日は近くのナムチェビューポイントに向かう。こ
こは、きれいに整備された公園だ。遠くにアムダラムの山が見える。写真収まりのとても
よいところ。写真をたくさん撮った。公園内にビジターセンターがあり、いろんな資料が展
示されている。大きな銅像もあった。
 10時50分ロッジに戻りゆっくりとする。11時過ぎから、ロッジ前のテーブルに座り、ビー
ルをたしなむ、昼のビールは実に美味しい。昼食は、みんなの希望でインスタントラーメン
みそ味だ。このラーメンで日本に戻りたくなったという人もいた。
 食は人の感性を豊かにしてくれる。ビールからロクシ―に変えて酒が進む。いつも我々
の食事が終わるまで、スタッフは食事をしない。お客様の食事が終わるまでは手を出さな
い。トレッキング中は厳格に守られていた。本当に頭の下がる思いだ。
 夕方ロッジの母ちゃんに洗濯をお願いした。ズボンなど5点、900ルピーだ。朝にきれ
いになった洗濯物を受け取った。

18日目 4月10日 ナムチェ(3450m) …パグディン(2600m)
 6時10分起床、7時10分朝食、8時ロッジ出発。最初に泊まったパグディン(2600m)の
ロッジ、登山道には、すっかり春に、椿の花やモクレンの花が満開、桜はちりかけていた。
 時間の開きを感じた。2時30分にロッジ到着。レストランに入ってビールとロクシェをい
ただく。酒飲みにはたまらない、つまみはポテトチップ定番である。スタッフはあまり酒を飲
まない。遠慮していると思ったら本当に飲まない人がいた。酔いも深まり少ない時間を楽
しく過ごした。

19日目 4月11日 パグディン(2600m)…… ルクラ(2850m)
 6時10分起床、7時10分朝食、8時ロッジ出発。下りの登山道で沢山の日本人とあった
大阪のべらべらおばちゃん、「なすび」こと浜津智明さん。彼は、今回4回目のエベレスト
登山という。大したものだ。お笑いだけあって写真には笑顔で映ってくれた。サービス満点
だ。レク?には12時前に到着。
 日本人の奥さんがいる土産物屋に直行、リーダーがこいのぼりにサインをしてプレゼント
お土産は日本語で買えるので助かりたくさん買い込んだ。昼前ロッジ到着、早速ビール、懲りない面々である。
 今日は、ニレカスタッフとの最後の日となった。全員で、ネパール料理で懇親を深めた。
ミランは相当酒に強い、そして実に楽しい、バンジジャさんも着替えをしてご機嫌、最後の
宴会を夜遅くまで楽しんだ。スタッフの皆様、大変お世話になりました。有難う。相当酔っ
たせいか撮った写真が殆どぶれていた。

20日目 4月12日 ルクラ(2850m) --カトマンズ(1300m)
 5時起床、6時朝食、出発8時にはレクラ空港。カトマンズから飛行機が来ないと帰れな
い。レクラの天候は晴天だ。しかしカトマンズがどのような状態か把握できない。9時前大
きな音とともに飛行機が飛んで来てくれた。
 9時にレクラ飛行場を離れることができた。天候不順で飛べない日があると、かなりの
出費がかさむことからかなり心配した。1時間以上のフライト、通常時間より長く飛行して
いた。カトマンズ空港上空を何回も回転していることが分かった。10時前カトマンズ空港
到着。まずは安心した。
 カトマンズのホテルチベットに荷物を置いて市内観光。昼食は韓国風レストラン、いろん
な料理を注文しみんなで食べた。美味しかった。もちろんビールは注文した。食後ホテル
に帰る前スーパーで水を買った。30ルピー超安い。
 ホテルに帰ると、ディリーさん、昨年・西川山岳会が震災募金を送ったお礼の子供たち
からのメッセージを受け取った。画用紙に書いてくれたメッセージ。感謝の心が伝わって
くる。
 夕食は、日本大使館近くのレストラン。落ち着いた大人の雰囲気のレストラン。ピザを注
文、40cm程のチーズピザ1枚、コーヒー、ブラックチィーを注文。腹いっぱいなったがとて
も安かった。このレストラン大変気に入った。

21日目 4月13日 カトマンズ(1300m)
 6時30分起床、7時40分ホテルレストランバイキング朝食、美味しくいただく。日は市
内観光、世界遺産タルバール広場、地震で遺跡は崩壊していたが観光客が大変多い。ホ
テルから広場まではタクシー利用、料金がすごい。最初6000ルピーと言っていたが交渉
プライスダウンなんと200ルピーまで下がった。
 ネパール、カトマンズは不思議な国だ。昼は日本レストランで味噌汁かつ丼、玉子丼、ビ
ールも加わって美味しかった。午後からは土産物の買い物、いろんなことがあって実に楽
しい。

22日目 4月14日 カトマンズ(1300m)
 6時30分起床、7時40分ホテル内バイキング朝食、今日もカトマンズ市内観光、世界
遺産ネパール最大の仏塔、聖地ボダナートを視察。昨年の震災で仏塔の上の部分が崩
壊、現在復興中、痛々しい姿に更なる慈悲が感じる。
 今日は、ネパールの宗教上の正月。みんな着飾ってお参り、神聖な場所だ。一人の僧侶が裸足で身動きせず立っている。合掌。2時過ぎ、近くの伝統的なレストランでネパール
最後の日なので、正式なネパール料理を堪能。スープから始まり、メインデッシュ、デザー
トまで、野菜料理、肉料理。自分は野菜料理を選択。当然ロクシ―注文、酒の入ったボト
ルを高く上げ、ちいさな酒皿に注ぐ。繊細で豪華な演出に感嘆。酔いも早い。コース料理は実に美味しい。
 食後に、カトマンズ三輪自転車を頼んでホテルまで。これが実に愉快だ、三輪車の運転
手は61歳の老人、右足に大きくテーピングをして、足が痛いのでゆっくり行くと話す。当
然、歩く人よりもゆっくりだ。道なりの施設を説明してくれる。しかし言葉が通じない。この雰囲気がとてもよい。ふらつきながらようやくホテル到着。最後の日であることからポケット
にあるすべてのルピーを提供。するとおじさんはご機嫌になり、写真を撮してくれた。

23日目 4月15日  カトマンズ(1300m) -- INC 韓国 ソウル
 朝6時起床、7時20分ホテルバイキング朝食、ホテルチェックアウトが12時とわかり慌
てて荷物整理、部屋を出る。ホテルロビーでディリーさんと園子さんが見送りに来てくれた。
 ニレカアドベンチャーのTシャツ、ニレカのワッペンなどサービス、カラパタール登頂証明
も、細かいところまで気を配ってくれたことに感謝。カトマンズ市内のレストランで最後の昼食、複雑な心境だ。ゆっくりとカトマンズ空港にバスで向かい午後9時のフライト。

24日目 4月16日 INC 韓国 ソウル ---- 成田
 インチョン空港朝5時、乗り継ぎ手続きを済ませ、成田へ。成田空港午前11時当到着
24日間のエベレストトレッキングの幕。ただただ感謝の気持ちでいっぱいだ。ネパール有
難う。


**参加者感想文**

遠藤博隆
 ネパール地震の後、観光客が1/3に激減し、シェルパたちの仕事もない状態が続いてい
たと言う。そんなときに我々が行ったため、彼らは仕事をシェアーして倍の人数のポータ
ー、ガイドが一緒に歩くこととなり、賑やかなトレッキングとなった。少しでも復興の役にた
てたかな、と思った瞬間だった。
 今回は、一人がSPO2=34という絶望的な低さのため、かなり緊張した場面もあったが、天気も、行程中1日か2日ほど雪がちらついただけで、全員がカラパタールに登ることがで
き、涙を流す大満足のトレッキングとなった。
 スタッフたちとも、和気あいあいと楽しみながら歩くことができて、あっという間の24日間
でした。これも皆さんの協力のおかげと感謝しています。楽しい時間をありがとうございま
した。

阿部秀穂
 天高く聳えるヒマラヤの峰々の麓を、私はその白い高貴な姿を見上げるように鑑賞しな
がら、エベレスト街道のトレッカーに成りきって悠然と歩きました。その時々の瞬間は、ま
るで夢心地でふわふわした気分で有頂天のようでした。
 エベレスト街道に身を置いた私は、愉快で感極まる感激の日々の連続でした。現実に戻
って一人静かになった時、あの時の熱い想い出がふと甦り、追憶の日々を今また楽しんでいます。
 このたびのエベレスト街道トレッキングでは、素の自分に向き合い様々なことを発見でき
大きな収穫です。二度と出来ない余りにも素晴らしい経験をさせて頂きました。この素晴ら
しい体験は、これからの私の人生に、ちょっと自信がついたようにも思い、とっても嬉しい
です。
 ヒマラヤに導いてくださった遠藤博隆さん始め同行しました西川山岳会の諸先輩の皆さ
ん、また安全なガイドを演出してくださったニレカ・アドベンチャーのサティスさん始めスタッ
フの皆さん、そして、またヒマラヤ行きについて背中を押してくれた妻始め留守宅を守って
くれた家族の皆には、心から深く深く感謝いたします。筆舌には尽くせぬ程の感謝の気持
ちでいっぱいです。本当にどうもありがとうございました。

高原由美子
 4月16日(土)7時半、無事我が家に戻りました。引っ越して10日目、たくさんの問題を
押し入れに閉じ込めて、山の様な不安の中3月23日深夜バスに乗り込みました。カトマン
ズに着いた途端、想像を絶する街の様子に言葉も出ませんでした。
 明日から隊長の言うことをよく聞いて、きちんと守っていけば大丈夫!!にほっとする。
美しい山々を眺めながら高度を上げていく。どこで間違えたか(?)7日目ロプチェのロッジ
で動けなくなる。スタッフの一晩中の看病と仲間の優しさに支えられ、翌日から何とか歩き
出す。
 4月4日念願のカラパタールに登頂。涙が止まらなかった。8850mのエベレストがすぐ
そこで輝いている。
 翌日からは、どんどん高度が下がり4000mでも楽しい時が過ごせた。長い長い24日
間があっという間だった。素晴らしい山々とスタッフと仲間の優しさと温かさに支えられ、私の一生の大仕事は終わった。皆さんありがとうございました。
 日本に帰って、日常に戻り蛇口から水の出るありがたさと、お湯の出るわがまま(?)とど
う折り合いをつけていけばいいのか悩みの日を送ってます。

駒澤京子
 高山病は大丈夫なのか 不安の中 出発したエベレスト街道。もちろんどんなところを歩
くのか楽しみも大でしたけど。ただ リ−ダ−の博隆(博)さんは、10年前エベレスト登頂、
去年はロブチェイースト登頂。ネパ−ル8回も来てるとか、一緒にいったメンバーも同じ山
岳会の人たちだったので心強く参加できた。
 最初、高山病にかかりながら夜中に2回も吐き、どうなるかと思いましたが、ヒマラヤ山
脈4000m〜8000m以上山々を見て、荷物を運ぶヤク、マニ車、5色の旗のタルチョ、お寺等など見ながら楽しいドレッキングになりました。
 山の名前、何回教えてもらってもなかなか覚えられない。あれがプモリ、アマダプラム、
エベレストなどなど、帰る頃はエベレストだけはどこから見てもわかるようになった。なん
せ世界一の高い山なのだから。
 カタパタ−ルからのエベレスト。皆で目的地に登頂でき最高。世界中から人集まるのが
分かる。迫力もありこの景色は車ではいけないところ、ここを自分の足で歩いた人でなけ
れば見れないのだと。
 最後に、ニレカアドベンチャーのスタッフの皆さんにはよくしてもらい、5人のメンバーに8
人もついてくれ、20日間も一緒にいたので、一人ひとりの顔がまだ浮かびます。ありがとう
ございました。そして仲間の皆さんにもお世話になりました ありがとうございました。23日
間も出してくれた家族にも感謝したいと思います。

遠藤敏雄
 エベレストをこの目で見たい、夢が一つ叶いました。夢にまで見たエベレスト、あまりに
も神々しく、人を寄せ付けない山峰を、この肌で感じ取り感動です。夢は思うことが大切で
すが、叶えさせることがいかに実生活との闘い、葛藤があることはわかっていました。
 我がまま、なんで今なの、勝手すぎる、いろんなことが頭に浮かんだ。しかし、自分の気
持に嘘をつけない。とにかく行きたい。この目で見てみたい。
 エベレストトレッキングは楽しかった。夢の中で歩いているようだった。目の前のダイナミ
ックな山嶺。自分が考えていることを一気に満喫させてくれた。遠藤博隆さん・ニレカアド
ベンチャースタッフ、支援してくださったメンバーに心から感謝したい。有難う。


ネパールの子供たちから
・・・お礼の絵手紙・・・
(2016/04/29 遠藤博隆)

 昨年の7月に、ネパール地震災害支援基金(会で募金)を来日のサティス・マン・パティ―君を通じて現地に贈呈、トボタング村の学校再建や医療施設開設に役立ててもらうことにしておりましたが、この春のにエベレスト街道トレッキングの実施時、現地の子供たちから、お礼の絵手紙を預かってきました。
 
 
 
   
 
 


ネパール地震災害支援基金報告
(2015/07/11 佐藤辰彦)

 お早うございます。
 先般お願いしておりましたネパール地震災害支援基金は、7月9日口座を閉鎖しました。合計で40名から、212,547円(利息32円含む)もの募金をお預かりしたところです。
 これは、現金で来週早々サティス・マン・パティ―を通じて、全額ネパールのトボタング村の学校再建、医療施設開設に資するため届けられます。
 ご協力ありがとうございました。
ーーーーーーーーーーーー
(2015/07/14 佐藤龍彦)

 7月14日(火)にネパール地震災害支援基金が遠藤(博)履を通じて手渡されました。その時の写真と、サティスからのお礼文(英文)を添付しましたので、ご覧ください。
 なお、支援基金の内訳を希望の方には、別途送付しますのでその旨お知らせください。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(2015/07/14 遠藤博隆)

 

 遠藤です。

 昨日、サティスと会い支援金を手渡してきました。非常に喜んでいました。彼は7月22日に帰国して我々の資金とほかからの資金を使用して、支援を続けるとのことです。
 渡した時の写真と彼からのお礼文(英文)を添付しますので、会員の皆さんにお知らせください。
 よろしくお願いします。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
   TO WHOM IT MAY CONCERN

**14th / july / 2015**

Dear All My Friends,

Thank you very much for your important contribution and organizing a wonderful charity to support and help for Nepal rebuilding. I also really appreciate all of your effort and all the donors who contributed funds.

I received from charity from Mr. Endo Hirotaka , a large amount of 212,547 JPN yen. I would like to use this money together with the contribution from our friends, family members and others, directly to help who needed most, like rebuild schools, distribute school bags for kids, rebuilding the broken houses, supply medicine for village health posts and others depends on situation which is most important.

My schedule is; I am heading to Nepal on 22th July with funds. First thing for me is to research and find out the best ways to help. I would like to report you once the funds are utilized. I am intending to start my own work guiding in mountain from 4th October.Once again THANK YOU very much for all the contributors you gave us.

With Warmest RegardsSatish man pati

2015 Lobuche・East (6119m) Expedition

2015 Lobuche・East (6119m) Expedition
期間   2015/03/19〜04/14
メンバー リーダー   遠藤 博隆
     登攀隊長   田崎 芳広
     隊   員   飯田博、福田佳代、大友輝子、詫摩幸照、伊藤正 
               ・・・・・計.7名

 今回は、2014年2月ころから、エベレスト街道のトレッキングと6000m峰(ロ
ブチェ・イースト)の登頂を目指す登山隊として立ち上げ、その後Climbing Permt
(登山許可証)を取得して2015年3月19日に日本を出発しました。
 その記録を報告します。


3/19 成田---インチョン
       成田に12;00時集合としていたが、時間前に揃って、全員やる気満
      々だ。17;00時フライトとなり、いよいよヒマラヤへ出発となった。
3/20 インチョン---カトマンズ(1300m)
       ソウルのインチョン空港でトランジットで一晩過ごし、カトマンズへ向け
      飛び立つと気持ちはすでにヒマラヤの峰々の上だ。
3/21 カトマンズ---ルクラ(2800m)---モンジョ(2830m)
       世界で一番着陸が恐ろしいという空港に無事着陸したときは、乗客
      全員が拍手をしていた。一休みしてから、モンジョに向かって歩き出
      す。まだここの高度では日本の山と変わらずに歩ける。
01−ルクラ空港

3/22 モンジョ---ナムチェバザール(3510m)
       ナムチェへは一気に600mの登りとなり富士山とほぼ同じとなり徐々
      に高度の影響が出始め、ゆっくりとビスターりビスターリと登っていく。
3/23 ナムチェ---エベレストビューホテル(3850m)---ナムチェ
       高度順応のため、パノラマホテルまで登りきるとエベレストが頭を出し
      ていた。エベレストビューホテルへ行きコーヒーを飲む。なんとそこに
      「神々の山領」エベレストの撮影に来ていた
       角川映画社長たちがやって来て、撮影の様子などを話してくれた。封
      切りは来年とのことだがぜひ見てみたいものだ。まだまだ高所の影響
      は少ない。
 
02−バグディン
 
03・04-ナムチェ
05−エベレストビ-ウホテルからエベレスト

3/24 ナムチェ---タンボチェ(3860m)---ディボチェ(3710m)
       午前中は天気がよく、雲のあいだにアマダブラムが見事な容姿を表
       し我々を楽しませてくれる。午後は、雲が多くなり例年よりかなり寒い。
3/25-26 ディボチェ---ディンボチェ(4305m)---高所順応(4925m)---
ディンボチェ

       高所順応のため、ロッジ裏の丘に登り5000mを目指したが4925m
      まで登ったとき、ガイドのタンカが「今回の目的はロブチェイーストでしょ
      う」の一言に、ここまでとしてロッジに戻った。
3/27 ディンボチェ---ロブチェ(4905m)
       トゥクラの上で、大友さんの旦那さんの慰霊碑にお参りをして、さらに
      進んだが途中から雪模様となりかなり冷えてきた。今年は、とにかく午
      後なると天気が悪い。周り中が真っ白になりヤクも雪をかぶって寒そう
      に見える。
 
07−エベレスト街道のストーバー
 
08−ヤク

3/28 ロブチェ---ゴラクシェフ(5140m)
      エベレストから流れ落ちるクンブー氷河の脇を進むと、トレッキングの
     目的地の一つカラパタールのふもとゴラクシェフに着いた。標高が高い
     のでゆっくりしか歩けない。
3/29 ゴラクシェフ---カラパタール(5640m)---ゴラクシェフ
---ロブチェ

        トレッキングの場合からパターるは、最大の目的地となるが、今回我
      々にとっては高度順応を兼ねているので、体を疲れさせないようにゆっ
      くりと登っていく。振り返ると、エベレストが顔を出してその高さを見せつ
      けてきた。途中から見たエベレストとは大きさも迫力も全く違い感動する。
       カラパタールに全員が揃い、記念撮影をして登頂を喜びあった。ここ
      からは順応も終わり、いよいよロブチェ・イースト(6119m)峰の登山
      に向けて気持ちを切り替える。
08−キヤンジュマからアマダブラム
09−ブンキテンガのつり橋
10−ディンポチェの高度順化

3/30 ロブチェ---ロブチェ・イーストBC(4850m)
       出発前に聞くと、BCあたりは膝上までの積雪があるとのことでヤクも
      入れず荷物を運ぶのが大変だとのことだった。我々は荷物もそうだが
      登れるのだろうかと心配になってきた。
       朝から天気も悪く、きもちまでくらくなってきた。BCの手前には、我々
      の荷物が雪の上にほうりなげられていて、テントまでラッセルとなり人
      が歩くのがやっとの状態だ。既にテントは貼ってあるが一面真っ白で荷
      物が届くまで時間がかかりそうだ。
       とりあえずダイニングテントでお茶を飲み一休みするが、着るものが
      ないので寒い。この時は、誰もが登頂を半分諦めかけそうになってい
      た。キッチンポーターたちが荷物を運んで、なんとかそれそぞれのテン
      トに入り暑 い羽毛服を着て体を温めた。明け方まで雪が降り、何度も
      テントの上の雪をシェルパたちが落としてくれた。
3/31 BCステイ
       起きると、快晴であまり眺めがよいとは思っていなかったのが、目の
      前にタボチェ(6367m)、チョラツェ(6335m)がドーンと有り素晴らし
      い眺めだ。日が当たると暖かく、昨日とは打って変わって、登れる気マ
      ンマンとなった。
       朝食後、ザイルワークとユマール、ATCなどのチェックをして上部キャ
      ンプに持っていく装備と置いていく物の整理をした。

11−タウチェとチョラツェ
 
12−トクラへ

4/1 BC---High Camp(5161m)
       シエルパたちは、はいキャンプまで1時間ほどで行くというが、我々は
      2時間30分ほどかけて登った。思っていたより近く、まだ技術的にも問
      題かなかった。キャンプ地には、池もありまだ緊張感はない。山頂もだ
      いぶ近く見えてきた。
13−ロブチェのロッジ

本格的な登山モード
4/2  High Camp---C1(5605m)
       ここからハーネスを付けいよいよ本格的な登山モードとなる。今まで
      とは違い傾斜も増してきた。ところどころフィックスロープを使って登る。
      テントは狭い岩稜にちょこんと乗った状態で、足を滑らせたら1000m
      以上転落していきそうだ。疲れと高度障害で頭が痛くSPO2も69となっ
      ている。まだ食欲があり、カレーとジフィーズの白米1個を食べられた。

4/3 C1---Summit(6119m)---C1---BC
       3時30分に起床したが、食欲がなく、一口しか食べることができなか
      った。SPO2はさらに下がり67となった。ヘッドランプの明かりで外に出
      て出発の準備をするが頭が回らず同じことを何度も繰り返す。結局         GPSを忘れてしまい、おかげで山頂の正確な高度がわからずじまいだ
      った。

       5時、テンバ、田崎、福田がトップ。続いてラクパ、飯田、伊藤、詫摩、
      タンカがセカンドグループ。パサン、遠藤がラストで出発した。まだ日が
      昇っていないので手足が冷たい。斜面が雪から氷に変わってくるあたり
      でアイぜンをつける。
       出だしから遅れていて、さらにスピードが上がらないので、パサンがぐ
      いぐい引っ張る。何とか山頂に上げてやりたいとの気持ちが伝わってく
      る。みんなから遅れること1時間でやっと山頂に着いた。

       上から誰かが降りてきたら一緒に降りるつもりだったが、みんな待っ
      ていてくれて全員で迎えてくれた。永遠につかないのじゃないかと思っ
      ていたので、非常にうれしかった。
       BCにいる大友さんとも咽んで交信して登頂の喜びを分かち合った。シ
      ェルパを含め全員で写真を撮り9時20分ごろ下り始めた。

14ーゴラクシェフとモブリ
15−カラバタールにて
16−カラバタールからエベレスト

       C1に着くころから、雲が日差しを隠し始め気温も下がってきた。それ
      でも登頂したみんなの顔には満足感が漂っていて、余裕さえ感じられ
      た。ハイキャンプに着くころは雪もちらついてきたがそれでも余裕だっ
      た。それでもBCに着いたころはヨレヨレになっていたが、全員が無事に
      帰ってこれたので、これ以上の安堵感はなかった。
       さらに、コックのラメスが登頂祝いのケーキを作ってくれたのが、嬉し
      かった。それをみんなで食べた。


4/4 BC---フェリチェ(4270m)
       シェルパたちは、次の仕事のためここで分かれた。パサンは、アメリ
      カ隊とエベレストに登るといっていた。途中であったトレッカーにロブチェ
      イーストに登ったと言ったら「コングラッチチュレーション!」と言ってくれ嬉
      しかった。それでも我々はL・E登頂後のため緊張感が薄れ、すっかり
      観光気分となってしまった。
4/5 フェリチェ---ポルツェ(3850m)
       ポルツェへの道は、今までのメインロードから外れているため、ほとん
      ど人と合わず静かなトレッキングとなった。
4/6 ポルツェ---クムジュン(3790m)
       天気も良く暖かい中、登頂気分を味わいながらのんびりクムジュンへ
      向かう。

4/7 クムジュン---ナムチェ(3510m)
       ロブチェイーストに予備日を二日ほどとったため余裕があり、一日中
      ロッジの庭で日向ぼっこをしながら、ロキシィー(粟、ヒエなどから造る
      民間焼酎)を飲み続けていた。ロッジによって味が違い、次の日も残ら
      ずうまい。
4/8 ナムチェ---パクディン(2610m)
       登りはフーフー言っていたのに、順応が終わっていると一気に800m
      を下っても全く苦しくない。
4/9 パクディン---ルクラ(2800m)
       トレッキング最後の一日。みんな「もう終わりだね」と言いながらのん
      びり登っていく。夜は、キッチンスタッフ、ヤクドライバーを交え、飲んで
      歌って踊り、みんなで最後の夜を楽しんだ。
4/10 ルクラ---カトマンズ
       ルクラの空港で、早稲田の学生たちがアイランドピーク(6189m)に
      登ったと言っていた。我々と同じ4/3だった。登る前にあった時、お互
      いに山頂で手を振ろうと言ったが、彼らは忘れたそうだ。
       後で聞いたはなしだが、我々の飛行機が飛んだあと別の飛行機が故
      障して全くその日は飛行機が飛ばなかったそうだ。
4/11-4/13 カトマンズ---インチョン
      この三日間は、観光に徹してスワヤンブナート、ダルバール広場など
     の世界遺産を回って過ごす。

4/14 インチョン---成田---山形
       無事成田に到着、荷物を宅急便で自宅に送り、全員一本締めで締め
      て・・・解散。

感想!!!
 今回は、トレッキングだけではなく6000m峰に登るという目的で声をかけ、2015
Lobuche・EastExpedition(2015年ロブチェ・イースト登山隊)として立ち上がり遠
征隊員は7人となった。
 6000m以上の経験者2人、ネパールトレッキング経験者1人、残り4人はネパ
ール初めての7人構成だ。最初は、ルクラからカラパタール(5640m)を目指し徐
々に高度をあげ順応をしながら登っていった。順応を終えいよいよロブチェ・イー
ストに挑戦。それぞれが高度障害に悩まされながらも、全員が山頂を踏むことが
できた時は本当に嬉しかった。みんなと握手を交わし喜びを分かち合った。
 そして、なによりホッとしたのは全員が無事BCに帰って来れたときだった。そ
れまでの重荷が取れたような気がした。来年は、トレッキングだけの予定だが、
機会があればまた6000m峰に挑戦してみたい。